2014/04/22

昨日は「リバウンド大王」K氏の話題だけで終わってしまいましたが、今日は僕たちが行った、その焼き肉屋「甲」のことを皆さんにお教えしようと思います。
押小路柳馬場を東にすぐ、静かな住宅街の中のマンションの1階に「甲」(きのえと読みます)はあります。
友人の口コミ情報でこの店を知り、今回で3回目なのですが、いつも大満足。
出される肉のどれもが新鮮アピールのきれいな色をしています。肉刺、ユッケ(写真)の生から、焼きのそれぞれの肉も、どれも見事に良い色をしていました(色つやで旨い不味いは分かりますもんね)。
どれもがお勧めなのですが、僕の一押しはハネシタですね。
柔らかい上に肉の旨味とタレの味が絡まり、両方相まって、噛むほどに絶妙。思わずため息が出ます。前回、ハネシタは薄切りの焼きしゃぶでいただいたのですが、タレ焼きも絶品…いっくらでも食べられそう。
超厚切りのタン塩から始まった焼きは、最後の4種ホルモンまで、かなりの種類と量が出てきたのですが、最後の一切れまで飽きることなく美味しく食べることができました。
           最後に、本当に感謝しているのですが、忘れてならないその日の功労者は、鍋奉行ならぬ焼き奉行を自ら努めてくれた「リバウンドK氏」。彼の優しい気配りと配慮があればこそ、あれほど美味しく、またゆったりと楽しい会食の時間を過ごすことが出来たのだと思っています。

2014/04/21

4月8日の当ブログで、大金を払い2ヶ月で15キロのダイエットに成功したK氏40才のことを掲載したのですが覚えていますか?
昨日、彼を交えて5人で僕の最近のお気に入りの焼き肉店に行ってきました。集まりの秘密の主旨は「K氏をリバウンドさせる会」
僕たちは、彼がまた太るのを気にしてあまり食べないようだったら、無理やりにでも食べさせるつもりだったのですが、そんな必要はまったくありませんでした。
彼は皆のために肉を上手に焼いては、付けだれや薬味の助言まで付けて、それぞれの皿に取り分け"食べや食べや"と勧めてくれていました。
他の4人は最適の状態に焼けた肉を"ありがとう"と言って食べるだけ。おかげで僕たちまで食べ過ぎてしまいました。             さてそのメインゲストであるK氏の食欲たるや…僕たちが勧めるまでもなく、本当に美味しそうに箸を休める間なく、次ぎから次ぎへと肉を口に運んでいましたね。
そこに何の躊躇、ためらいもありませんでした。
ご飯も確か2膳。
その後の喫茶店ではフルーツタルトをオーダー。
K氏、リバウンドの道を一直線まっしぐら。

2014/04/19

早いもので退院してから1ヶ月経ちました。
「もう大丈夫 元気ですよ 何も問題ありませんから」と会う人ごとにそう言っているのですが、やはり完全に良くなったと言えるまで、もう少しかかるように思われます。 胃なのか腸なのか分かりませんが、口では言い表せない"もやもや"があります。
また あの苦しい腸閉塞が再発するのではないかという不安は退院してからずっとありましたし、今でも少し胃腸の調子がおかしいと たちまち不安になってしまいます。
でも少しずつですが確実に良くなってきていると思っています。
飲み過ぎには注意しないと…食べ過ぎにも気を付けなければ…
と思っているのに昨夜はワインを飲み過ぎたかな
今日のランチは揚げ物ばっかりだったし…
明日は焼き肉を食べに行く予定だし…

2014/04/18

仕事を終えてほろ酔い気分で部屋に帰りテレビをつけると ニューヨークからのライブ映像が流れていました。ヤンキーズ田中まー君がシカゴカブス相手に快刀乱麻 胸のすくピッチング(8回2安打無失点1四球。安打はいずれも内野安打) 勝利を見届け幸せな気分で就寝。トイレで目が覚め またテレビをつけると 今度はレンジャーズ ダルビッシュがマリナーズと対戦のこれもライブ映像が流れていました。相手はマリナーズの不動の大エース ヘルナンデスですよ。でもこのゲームは眠気に負けて残念ながら寝てしまいました。
また今日は僕の大ひいきのレッドソックス マッチョ田沢も力感溢れるピッチングできっちり抑えたし…
そうそう 皆から忘れられてしまいそうだった松坂大ちゃんはやっとメジャー昇格が決まったそうな、お待たせ良かったねと拍手です。彼の勇姿をもう一度見たいと思っているのは僕だけではないでしょう。あとまだ岩隈もいるし和田もいますよ。
そして去年のワールドシリーズ胴上げ投手、背中の張りで戦列を離れていた上原も明日あたりには復帰します。
なーんか今年のメジャーリーグの日本人投手たちは凄いことになってますよね。ワクワクドキドキ胸踊る そんな気持ちになりませんか?     僕はね、申し訳ないんですけど日本のプロ野球になんの興味もないのですよ。
僕の周りに大勢いる〇〇ファンなどは、僕のことを憎々しげに こう罵るのでしょうかね。
「フンっ!このアメリカかぶれの大リーグかぶれめ!」とね…
スイマセン かぶれてます。

2014/04/17

外国で列車や飛行機事故、テロ事件そして大規模災害などが起きる度、日本の新聞やテレビニュースの中でのある報道に、いつも強い違和感を覚えています。
乗客名簿に日本人と見られる名前はなかった、事件事故に巻き込まれた日本人はいない模様といった報道が必ずなされますよね。
事件の被害にあった日本人、事故や災害にあった日本人が判明した時点で初めてニュースにすればよいと思うのです。
昨日韓国で約470人を乗せた大型客船沈没という悲惨な海難事故が報じられました(17日朝刊、行方不明277人とあり)
乗客のほとんどは済州島への修学旅行生だったそうです。
息子や娘、兄姉弟妹を送り出した家族の心痛はいかばかりでしょう。
この度の事故報道でもやはり、日本人乗客はいない模様と、アナウンサーはいつものようにニュース原稿を読み上げていました。
まるで災難にあったのは外国人ばかりですから、どうぞ日本の皆さんは安心、安堵してください、と言ってるように僕には聞こえてしまうのです。
いくら遠く離れた外国での事故と言えども、被害者とその家族たちの心情に対する想像力が少しでもあれば、報道も違ってくるのでは…
そんな思いを抱いているのは僕だけなのでしょうか。

2014/04/16

まったくどうでもいい話で申し訳ないのですが…
店を終えて部屋に戻り、あり合わせの物で作る就寝前の夜食以外、ほとんど外食生活を送っています。
昼前に起き出し、種々の用事を済ませると普通の生活者の遅いランチの時間になってしまいます。
ランチタイムは2時で終わっていたり、はるばる自転車をこいで行けば定休日だったりで、たまにランチ難民って言葉を思い出てしまいます。
ファミレス嫌いの僕が、ここ3ヶ月ほど週2~3回のペースで通っていたのは、大丸裏と木屋町にある「大戸屋」。でも行き過ぎてもうすっかり飽きてしまいました。
通いつめたあげくに飽きて行かなくなる…そのパターンの繰り返し。悪い癖ですね。
家の近くのおばんざいがメインの定食屋しかり、刺身が美味しい和食屋の昼の弁当しかりです。
さてさて、また新しい店を見つけなければ。良い店があれば教えてくださいね。
ちなみに今日のランチは、買い物をしたついでに高島屋7階「東洋亭」でサーモンムニエルのランチでした。
久し振りだったのですが、美味しかったですよ。サイドメニューで注文したコーンスープ、美味!

2014/04/14

日曜日の昨日、友人夫婦を誘ってランチに行って来ました。
友人の奥方のリクエストは「美味しい中華」と言うことだったので、四条花見小路角のビル5階「青冥 Ching Ming」3300のお昼のコースを。(ご馳走になってしまいました)
たまに利用するのですがここのランチコースはお得ですよ。味も量も…。そして店内は花見小路通りと四条通りに大きく窓が開けているので、見晴らしも良く明るく広いのも気に入っています。             食欲を刺激する5種盛の前菜から始まり、〆のあんかけ焼そばまで色々出てきます。
写真を撮ってお見せ出来ればよかったのですが…僕の中で、この日のコースのハイライトは白身魚と卵白の炒めものです。
見た目、ただ真っ白の料理の中央に鮮やかな卵黄を落としてあって「何や、これは!」と一瞬目を奪われます。
ふんわり、食感も味付けもとても軽いので中華のコースの中ほどに、ちょうど良いのではと思われます。
食後は同じビルの1階の「お馴染み」タリーズでコーヒー。
僕は2杯目なので150円。
楽しい一時を過ごすことができました。
休日はこうでなくっては……

2014/04/12

祇園界隈の中でも繁華な通りに面している割には、当店に一見(いちげん)のお客様はめったに入って来られません。
入り口が分かりにくい上に、勾配が急で怪しげな階段を登らなければならないからかもしれません。
ところが、ごくたまに入ってくるのが外国人観光客です。臆せずにね。基本外国人のお客様はお断り(理由は色々あります)しているのです。 つい先日、白人の中年男性2人がいきなり入って来て、中をのぞき込んでいました。
「We are member's only.I'm sorry」、これはかねて用意している入店を断る台詞です。ところが突然の侵入に慌ていたこともあり、とっさに出てきた言葉が「No table.I'm sorry」
年配の方が、なお店内を怪訝そうな顔で見回し、不服そうに肩をすくめて階段を降りて行きました。
彼はなぜ首を傾げ、肩をすくめて帰って行ったのでしょう? 分かりますか? 実はその時、店にお客さんはどなたもおられなかったのですよ。席は全部空いていたのに、僕は言ってしまったのです、彼らに「No table」って…

2014/04/11

無類のチョコレート好きです。
買うと残さず一度に食べてしまうので、たまに気持ちが悪くなってしまうほどです。
最近コンビニの棚には小さなサイズのチョコレート菓子がたくさん並んでいます。僕一人でコーヒーと一緒に食べるのに、ちょうどよい量です。
数多くの種類があって迷ってしまうのですが、よく買うのが40円のスニッカーズのハーフサイズ。懐かしいですね。ずいぶん昔からありましたよ。
今日はロッテのショコラブッセ \70。
すっかり店員たちと顔なじみになってしまった、祇園タリーズで… こっそり素早く…

2014/04/10

5人兄姉の末っ子としてこの世に生を受けました父42才、母は40才の遅い子です。
すでに4人の子をもうけていたのに、よくぞ産んでくれました。ありがたいですね。
僕の生まれた昭和23年といえば、第二次大戦が終わって3年。日本はまだアメリカの占領下にありました。
いわゆる団塊の世代です。
僕が物心ついたのは、まだ戦後間もなくの頃ですから、家族が住んでいた大阪難波と言えども下水道は未整備で「おわい屋さん」と呼ばれる人が各家を回っていました。大通りから一歩入ると未舗装の道ばかり、埃がたつので夏など水撒きは欠かせません。家には井戸があり、汲んだ水を通りに撒いていました。
「へっついさん」我が家ではかまどのことをそう呼んでいました。今思い返しても巨大な鉄釜で、7人家族(大工見習いの居候がいた時もありました)のご飯を火吹き竹を使い薪で炊いていた母、朝はいったい何時に起きていたのでしょう。
そして当時の洗濯はといえば、大きな盥に洗濯板、石鹸は手に余るほどの大きな四角の固形石鹸でした。ゴシゴシと洗濯板にこすりつけて洗うのですが、寒い季節はさぞ冷たく大変だったろうと思います。
背を丸めて、一心に洗濯板を使っていた母の後ろ姿が目に浮かびます。